(医療職向けに書いた記事のため、専門的な内容を含むことをご了承ください。)
9月。
暦は秋の彼岸を迎えます。
それは秋分を中日とする七日間のこと。
夏に極まった陽の力と、冬に極まる陰の力との均衡が等しくなる時節です。
彼岸(あの世)と此岸(この世)が近づく頃とも言われ、亡き人に想いを寄せるときでもあります。
彼岸に縁の深い植物として、その名も“彼岸花”というものがありますが、この植物には、認知症治療薬レミニール@の成分であるガランタミンを含有します。
ガランタミン(Galantamine)は、
①アセチルコリンエステラーゼの選択的かつ可逆的な競合阻害。
②ニコチン性アセチルコリン受容体のアセチルコリン結合部位とは異なる部位への結合による、アセチルコリンの作用増強(アロステリック増強作用)。
③アミロイドβによる神経細胞障害に対する細胞保護作用。
① スナネズミ脳虚血モデルにおける記憶障害改善。
①〜④の作用により、軽度及び中程度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行を抑制させるとされている薬剤です。
コリンエステラーゼ阻害作用はドネペジルほど強力ではないが、ニコチン性受容体に対するアロステリック作用は、アセチルコリン以外にもグルタミン酸、γ-アミノ酪酸(GABA)、ドパミン、セロトニンなども増強するため、学習や記憶の増強、不安や易怒性、易刺激性を軽減する効果も期待できるとされています。
ここから、彼岸花をはじめとした、ガランタミン含有植物にスポットライトを当ててみたいと思います。
彼岸花(Lycoris radiata)は、ヒガンバナ科の多年草で、全草にアルカロイド(リコリン、ホモコリン、ガランタミンなど)を有し、特に鱗茎(りんけい)に多く含まれ、誤って食べると嘔吐、下痢、流涕、神経麻痺などが起こります。
一方、その鱗茎は、石蒜(せきさん)という生薬名で民間薬として用いられてきました。
効能は利尿消腫、解毒、催吐で、一般に催吐の目的以外は外用され、腎炎や腹水等の浮腫に、鱗茎を単独、あるいは唐胡麻と混ぜたものをすりおろし足裏の涌泉穴(ゆうせんけつ)に貼りつけるなどの方法が知られています。
た、彼岸花は土に穴を開けるモグラやネズミを避けてくれるので、本州以南では田畑の畦や墓地などによく植えられており、日本の里山原風景の郷愁を誘います。
別名、曼珠沙華とも呼ばれ、そのサンスクリット語を由来とする名は、天界に咲く花という意味を持ち、仏教との縁の深い花でもあるのです。
彼岸花は寒さに弱く、残念ながら北海道で自生のものは見られないのですが、同じくヒガンバナ科のスノードロップやスイセンなどにも、ガランタミンが含まれ、春の彼岸過ぎに北海道の雪解けとともに顔を出し、春の訪れを知らせてくれます。
(函館の湯川寺(とうせんじ)と、札幌の百合が原公園の温室では、栽培されているものが観察できます。)
特にスノードロップは、欧州の伝統的薬剤としてガランタミンの起源となっています。古くから鎮痛作用で知られ民間療法に用いられてきましたし、遡ること古代ギリシャにおいても記憶力を高めるためにスノードロップが使われていたという逸話があります。
近代になりヒガンバナ科の植物に含まれるリコリンアルカロイドの分析が1927年に日本人研究者によって行われ、ここでガランタミンの構造が明らかになりました。1957年にはロシアでグリーン・スノードロップ (Galanthus woronowii) の球根から成分が単離され、1960年代にはその化学合成法が確立されました。ロシアを中心に、神経炎、神経痛、筋ジストロフィ、重症筋無力症、ポリオの治療薬として使用され、2000年にスウェーデンでアルツハイマー治療薬として認可され今に至ります。
スノードロップは、まだ雪の残る中から、ランプシェードを伴った灯りに似た純白の花を咲かせ、暗闇から再生する希望の光の象徴として、欧州では様々な言い伝えがあり、こちらもまた信仰との関わりが深いのです。
キリスト教では2月2日の聖燭(せいしょく)節はろうそくを祝福する日になっていますが、スノードロップはその姿から聖燭節の花として捧げられ、修道院の庭によく育てられていたようです。
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参考文献
レミニール錠添付文書(第2版)
一宮洋介. 認知症の臨床. メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2013
鈴木洋. 漢方のくすりの事典―生薬・ハーブ・民間薬―. 医歯薬出版, 1994
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この記事を書いて間もなく、、
私の住む洞爺にはないと思っていた彼岸花に、思いがけず出逢いました。
自然はこうした優しいお便りを届けてくれるのです。